Vol.3 坂本流!市民マラソン考
昨年から始まった横浜マラソンの開催により、全国の大都市におけるマラソン大会がほぼ出揃った感があります。
‘70年代に始まった「市民マラソン」は、およそ40年の歳月にわたる変遷をしてきました。そのなかで、大会の開催趣旨や運営内容は、大きく進歩してゆきました。また、大会という場を「自己表現の場面」と捉えるようになるなど、参加者の意識も少しずつ変化(進化)してきています。
というのも、日本では‘70年代に入るまでスポーツそのものを教育の一環とする風潮がありました。いろいろなスポーツの存在を知る機会は、学校の体育の授業が大半を占めていました。皆さんもそうであったようにサッカーやバレーボール、バスケットボールといったほとんどのスポーツ種目は学校の授業を通じて学んでいました。
やがて中学課程に上がると、「部活」という専門に特化した勤しみ方ができる環境が生まれてきます。その種目が好きな学生は、部活を通じて競技大会や試合を目指すことになってゆく、といったパターンでした。これらの底流にあるのは常に「スポーツは教育の一環」といったものだった気がします。唯一野球だけは早い時期にプロが誕生していたから「やがて自分もプロ野球選手に・・・」といった夢や目標を抱きやすいスポーツとして、愛好者の数も大会としての表現の場も別次元の発展を遂げていたのではないかと思います。
このような背景のもと、陸上長距離走の世界は、他の多くのスポーツ同様に特別に能力のある選手だけが大学駅伝や国際大会、果てはオリンピックといった舞台を目指すスポーツとして存在し、一般人はテレビや新聞で観戦したり結果を知って一喜一憂する、いわゆる「観るスポーツ」という域を出ていなかったと思われます。
こういった一般人の意識と捉え方が一変し始めたのが、‘70年代に入ってから起こった“ジョギングブーム”です。自分の身の丈(つまり運動能力や体力)に見合った取り組み方で体感できることが浸透し始めたのです。それまでは特別な能力を持つ人の、別次元のスポーツだったランニングに一般市民が飛びついたのは自明だったと言えましょう。ランニングシューズを履いてランパンにランシャツ姿で街中を走ることに憚り(恥ずかしさ)を感じていた人たちも、身体を動かすことの爽快さや目いっぱい走った後の充足感の虜になっていったのです。
やがて国内のあちこちで誰でも参加できる10kmや15km、20kmといったいわゆる市民が参加する大会が開催されはじめ、全国の「潜在的ランニング愛好者」がこれらの大会に殺到する状況になっていきました。
ジョギングやランニングは、走りたい人たちのスポーツとしてだけでなく、健康促進に大きな効果があるということも、普及に拍車がかかった要因だったと思います。さらに「走ること」は、肥満解消や病後のリハビリ、高齢化に対する体力維持という視点でも大きな効果を生み出すことが言われるようになってきました。
そして、2007年、大都市初の東京マラソンが誕生。東京マラソンによってもたらされた大きな効用の一つに経済効果や地域振興が挙げられると思われます。少子・高齢化によって社会の諸活動は縮小を余儀なくされ、この傾向への対策は各分野で様々におこなわれています。効果を確かめるには長い時間を必要とするものが多いのに比べ、愛好者人口の多いランニング大会の開催は、「観光」、「商業」、「地域振興」、「健康増進」の側面で効果測定しやすい手段としてとても有効と思われます。
このように、日本のランニングスポーツは「競技力向上」と「ランニングを楽しむ」、という二つの側面から成り立っていったと言えます。
一方、欧米におけるスポーツの捉え方は、先ず「スポーツは楽しむもの」というところから出発している点が特長です。あらゆるスポーツは、愛好者の集まり、つまり「クラブスポーツ」として発展を遂げてきました。そのスポーツが好きな人は老若男女を問わず好きなことを好きなように楽しむ、というところに欧米のスポーツの原点があります。このような風土のもと、愛好者の多いスポーツは、底辺が大きい分、優秀な才能や能力を持った人が現れる確率も高くなってくる、という寸法です。
型にはめ込んだり、「ねばならない・・・」といったことは次のステージで考えれば良いことで、まずは「スポーツを楽しむ!」ことから出発するほうがより豊穣なスポーツ振興につながってゆくだろうし、そういったスポーツ愛好者の中から秀でた才能が現れた時に存分に伸ばす環境さえあれば、将来世界の名だたる強者たちと対等以上の闘いを展開してくれる時代も必ずやってくるに違いありません。
横浜マラソンは市民(愛好者)が楽しむマラソンとしてスタートしました。横浜という歴史と文化、近代と自然がベストミックスされた環境の中で、老いも若きも男も女もスポーツすることの醍醐味と爽快感を堪能し、各人が抱く自分の中での目標に向かって精いっぱいランニングを謳歌していただきたいと願うばかりです。